2017年3月7日火曜日

近距離切符をクレジットカードで買って旅行気分



いわゆるSuica、もしくはそれに類するものの普及によって、駅で切符を買う場面も少なくなりましたね。頑なにSuicaを持とうとしない人もいるのが面白いところですが。

いちど、ピっと改札を颯爽と通り抜けられる快感に慣れてしまうと、ちまちまと切符を買って、ちまちまと改札に突っ込んで、ちまちまと失くさないように気をつけなきゃいけない切符を皆が買わなってしまうのも必然な気がします。


今回はクレジットカードで切符を買える話です。


新幹線とかじゃありません。ふつうの近距離切符です。なんなら隣の駅まででもいいです。とりあえず近距離切符をクレジットカードで買えるよってことをお伝えしたいんです。

でも近距離切符をクレジットカードで買わなくてはいけない場面というのが、なかなか想像できない。現金がないけどクレジットカードはあるって場面ですよね。需要なさそうな場面だな、これ。


駅で切符を買うときの券売機、あれは現金のみ受け付けてくれます。近距離切符ですし、少額ですし、現金で、むしろ現金で払ってゆきたいという感じでしょうか。それでも現金なんてお断りだって人もいるじゃないですか。使いたくもないから、持ってもいないぜ!


そういう人はSuicaで乗るのか。


やっぱクレジットカードと切符を結びつけるのが難しいなぁ、どうしようかなぁ、これ。




2017年3月5日日曜日

ATMにたくさんの硬貨で預け入れ じゃらら



小銭って妙に貯まったりしませんか。その辺に転がってたりしませんか? 無駄に貯金箱の中に永遠に封印されてませんか?

というわけで、家の中になんか大量にあったりする硬貨をどうにかしたいなあと思ったわけですが、日常の中でちょくちょく持ち出して使うってのも面倒です。面倒なのはとにかく嫌いなのです。

やはりここは銀行に預けてしまうのがベストなのではないだろうかと考えました。しかし、硬貨の預け入れって、ATMなのか、窓口に持っていくのか、人生経験の少なさ故、微妙にわかりません。

しかし時代は21世紀ですから、少々のわからぬことはググればあっという間に分かるのです。どうやら基本はATMのようです。うっかり窓口に持っていくと、

「これ全部でいくらありますか」

「おい、それを知りたいから持ってきたんじゃないか」みたいなことを聞かれる、書かされることもあるそうです。面倒は敵です。とにかく楽な方を選びましょう。

しかしATMの場合でも大量のコインを投入すると、それはやっぱり機械ですから詰まっちゃう場合があるそうなんですね。そうすると機械ではどうすることもできないわけですから、奥から人間様がやってくるそうなんです、そして。

「いくら突っ込みましたかね?」

「おい、それを知りたいから突っ込んだんじゃないか」みたいなことを聞かれるそうなんです。機械のミスに対応するにあたって、とってもナチュラルに正しい対応なんですけど、聞かれた方はなんだか恥ずかしいわけです。ATMに列とかできちゃってたら、これはもう恥ずかしい。札束入れてるならドヤ顔ですけど、小銭ですし。

あらゆるリスクに備えることは大切です。ここは面倒は避けるというポリシーを守るために、己自身の面倒な部分には目をつむることにしました。

せっせとコインを種別ごとに10枚ずつ数えて集計していきます。そして事前調査によるとATMには一回で100枚のコインを投入可能とのことだったので、セーフティを考えて90枚ごとに袋にまとめるという、これまた面倒な準備をしました。

これも大きな面倒を避けるためには大切なことなのです。





ウォーキングやるならスキマ・スクワットを



もう10年近く前になりますか、第1回東京マラソンに参加したんですよ。東京マラソンって制限時間7時間なので、実はずっと歩いてても間に合う大会なんですよね。でもマラソン大会だから走った方がマラソンっぽいじゃないですか。周りもなんかはりきって走っちゃってるし。

でもね、ふつうの人間が42.195kmも走り続けるなんてのは、やっぱり頭がおかしいことだと思うんです。しっかり練習しましたよ。練習しすぎて膝をやっちゃって数ヶ月走れなくなるとか意味不明なこともして。

折り返し地点まではわれながら快走といっていい走りっぷりだったんですけどね、折り返しを超えた瞬間に

「ちょっと止まってみたい」

そんなことを思ってしまったんです。魔が差したとしか言いようがありませんね。冷静に考えてみれば、止まったら終わりじゃないですか。すでに20km以上走っているのに、いちど止まったら、もういちど走り出すなんて、相当な覚悟がないと走り出せません。


まぁ、止まったんですけど。


そうしたらびっくりです。足が棒とはこのことかと。驚きの棒っぷりでしたよ。足が固まっちゃってひどいのなんの。あれはすごかったですね。ですので残りの半分は歩いたり、走ったり、歩いたり、歩いたり、歩いたり、歩いてみたり。

最初から少しだけあわてて歩いてもゴールには間に合うんですから、最初から地道に歩けばよかったんですよね。ウサギとカメですよ。明日からまた仕事だってのに無理して走る必要なんてなかったんです。

フルマラソンって42.195kmじゃないですか。残り2.195kmなんて端数だと思ってたんですよ。どう考えても端数じゃないですか。カスみたいなもんですよ。でもね。

40kmすぎてからの2.195kmがとんでもないくらいにしんどいんですよ。いやマジで走っても歩いても歩いてもゴールにたどりつかない。あれは人生でもっとも長い2kmだったのは間違いありません。


そんな地獄の2kmを歩いているとき。
背後からタッタッタと一定のリズムで聞こえてくる足音が。


視線を向けると、どうみても齢80越えくらいのおじいちゃんが自分に追いつき、そして追い抜かしていくんですよ。驚きのスローペースで。スローモーションのごとく遅いのにメトロノームかってほどに正確に一定のペースで走っていくんです。

「なめんなゴラァ(心の中で)」

追いつけませんでした・・・・。なにごとも地道にコツコツに勝るものはないのだとつよくつよく実感した東京マラソンでした。




ブログでも書いてみましょうか





唐突ですけど、時代がSNS全盛に突入する前って、もうちょっと文章を書けたと思うんですよ。いや、今でも文は書けると思うんですけど、文章は書いていないといいますか。

SNSといっても、mixi日記の頃はまだ長いの書いていた気がするんですよ。めちゃくちゃ長い日記を書いていたわけではないですけど、140文字よりは長い文字数を書いていたと思うんです。まー、Twitterは1日の総量では当時を上回るかもしれませんけど。

短文ばっかり書くようになると、短文に合わせた思考回路が形成されちゃって、すっかり短文しか書けないような頭になってしまいまして。なんか複雑なものとか、大きなものを構成する脳味噌がどっかいってしまった感じなんですよね。

別に長文が書けるからって特段、我が人生にいいことがやってくるわけでもないんでしょうが、書けないよりは書けた方がいいんじゃないでしょうかとも思うわけですね。長は短を兼ねるです。

そんなわけで、リハビリがてら文章をなんとなく書くことを目的としたブログでもやってみようかなと気軽に思いつきで始めてみるわけです。もっともこの発想そのものがSNS時代の短文思考に毒された結果だとも言えなくもないわけですが。


ブログって意外とアレコレ表現できるじゃないですか。表現の自由度でいえばサイトを作った方が上ですけど、それも面倒じゃないですか。勉強するのも面倒だし。時間もないし。そこそこいじれて、そこそこ楽っていうバランス感がブログのいいところだと思うんです。

あとですね、うまいこと転がると不労所得ゲットだぜみたいな、なんというかプチ夢を見れるのもいいと思うんですよ。こんなご時世ですし、ゲットできるものはゲットしておきたい。そうそううまくはいかないんですけどね。